FACULTY OF ENGINEERING
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生物流体力学

前田将輝准教授

生物に学ぶ流体力学
私達の身の回りではチョウやトンボといった昆虫、カラスやスズメなどの鳥が空を飛び交っています。一方で人類が空を飛ぶために作り出した飛行機は120年前の初飛行から格段の進歩を遂げており、音より何倍も速く飛行し、何百トンもの荷物を輸送できるまでになっていますが、いまだ生物に太刀打ちできない部分もあります。たとえば、重さが100グラムの小型ドローンが30分しか飛行できないのに、体重5グラムのハチドリという鳥のなかには、メキシコからフロリダ半島へとノンストップで何時間もかけて海を横断します。人工物と生物ではエンジン(電気モータ vs. 筋肉)や燃料(バッテリ vs. 脂肪)の違いもあるので一概に比較はできませんが、空気力学的にも、ハチドリを始めとする鳥や昆虫といった飛翔生物は洗練されていると期待されます。私達の研究室では、こうした生物の飛翔や、より広く植物なども含めた、生物の個体レベルの流れ現象に着目して、そのメカニズムの解明を目的とした研究を行っています。

研究室ウェブサイト
https://sites.google.com/view/mazlab/home

researchmap
https://researchmap.jp/lev

ORCID
https://orcid.org/my-orcid?orcid=0000-0001-5605-0427

Google scholar
https://scholar.google.com/citations?user=PMDS_X4AAAAJ
Q
なぜ、研究を?
A
生物飛行は航空に残されたフロンティア
高校生・大学生の頃は飛行機や宇宙機に関する仕事に携わりたいと思っていました。大学を休学して飛行機の整備訓練を学ぶ学校で航空運航整備士の資格を取りましたが、そのときに生物飛行の力学という研究分野があることを知り、それが人類が切り開いてきた「より高速・より高空へ」という航空宇宙工学パラダイムとは異なる「低速・低空」領域に残されたフロンティアであることに気づきました。実際に研究を初めてみると、羽ばたきによる気流を解明するための、流れの数値シミュレーション (computational fluid dynamics, CFD) や高速度カメラ、PIV (particle image velocimetry) といった手法的な面白さにまずは魅了されました。さらに、生物学系の研究者たちと交流してるうちに、バイオメカニクス(生体力学)のみならず、バイオロギングなどの手法を用いた動物行動学や生態学、神経科学あるいは進化学といったマクロ生物学の面白さにもめざめ、海外の生物学科や獣医大学といった所属の研究員も経験しました。
Q
どこがおもしろいか
A
トレードオフと収斂が魅力
生物の進化は、複数の相反する要求を同時に満たそうとする、いわゆる多目的最適化の結果であることも多いと考えられます。たとえばある動物の翼形態が空気力学的に最適ではない場合、その「妥協」をもたらすのは他のどのような要求(淘汰圧)によるのだろうか?ということを考えることになります。このようなトレードオフの関係の考察はたいへん面白く、工学的にも重要な示唆を与えるケースが多いと考えられます。
 
一方で、進化における収斂(しゅうれん)というのも興味深い現象です。これは進化のみちすじ(系統)的に遠く離れた生物が似たような形質(たとえば形態)を示すことです。わかりやすい例として、イルカやクジラは哺乳類ですが、魚に似たいわゆる流線形の体と複数のヒレを持っています。飛翔性動物の翼も代表例で、昆虫・翼竜・鳥・コウモリという羽ばたき飛翔動物はみな翼をもっていますし、滑空まで広げるとムササビ・トビトカゲ・トビヘビ・トビイカなどなどたくさんの動物が翼を使っています。収斂するのは形態だけではありません。スズメガという蛾(昆虫)と、ハチドリという鳥は、進化のみちすじ的には遠く隔たっていますが、ホバリングしながら細長いクチバシ・口吻をつかって花の密を吸うという行動がよく似ています。さらに、我々が羽ばたき運動や羽ばたき中の翼変形を調べたところ、これらもよく似ていました。

空気力学的な現象にも収斂が見られます。1990年代に羽ばたき中の昆虫の翅の上に前縁渦(ぜんえんうず)という「ミニ竜巻」が発見され、これが飛翔に重要であることがわかりましたが、その後、鳥やコウモリにもつぎつぎとこの前縁渦が発見され、さらにはなんと回転するカエデの種という植物にも同じ前縁渦が見つかりました。生物の観点からすると、これは翼がもつ「機能」の収斂と言ってもいいでしょう。このような収斂が起きる背景には、祖先の影響を強く受けるという前述の話とは異なり、どの生物も地球にいる以上、おなじ物理的な(この場合は流体力学的な)法則のもとで運動する、という制約が強く効いていると考えられます。当然、人工物でもこの制約は同じですから、たとえば羽ばたき飛行ロボット(羽ばたきドローン)を作ろうと思ったら、生物の形態や運動は大いに参考になるでしょう。
Q
研究の成果
A
2022年度にできたばかりの研究室なので、これまでの前田の所属先での研究成果の一部を紹介します。
ハチドリのホバリング
千葉大学での博士後期課程在学時には、多摩動物公園との共同研究として、4台の高速度カメラでホバリング飛行するハチドリを撮影し、翼の輪郭と羽根の軸などをトレースすることで、羽ばたき中の時々刻々の3次元的な翼変形を正確に捉えることに成功しました。その結果、翼は隣り合った羽根同士のスライドで翼面積が20%近く変動していることや、打ち上げ・打ち下ろしの両ストロークで翼面が変形することで、空気力学的に効率的なねじりや膨らみ(キャンバ)を維持していることがわかりました (Maeda et al., 2017, R. Soc. Open Sci.)。また、このモデルを用いた流れの数値シミュレーションにより、変形のもつ空気力学的な利点も明らかになりつつあります。
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ペンギンの遊泳
東京工業大学でポスドク研究員をしていた際には、長崎ペンギン水族館の協力を得て、遊泳中のペンギンの胴体と翼(フリッパー)にマーカを取り付けて、10台以上のアクションカム(GoPro)で撮影することで、3次元的なペンギンの遊泳軌跡と羽ばたき運動、および翼の曲げ度合いを定量化しました。解析の結果、ペンギンは翼の曲がりによって遊泳を効率化していることが判明しました (Harada et al., 2021, J. Exp. Biol.)。また、3Dスキャンした翼からCADモデルを作成し、流れの数値シミュレーションを行うことで、翼の後方への傾き(後退角)が水の抵抗を減らす効果がありそうだということもわかってきました (Maeda et al., 2021, bioRxiv)。
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トンボの翅(はね)英国のRoyal Veterinary College(直訳すると王立獣医大学)でポスドク研究員をしていたときには、トンボの翅を研究していました。昆虫の翅は一見すると人間の爪や髪の毛のように、“死んだ”組織のように見えますし、実際に鳥の羽根はそうです。しかし、実は翅脈というパイプの中にヘモリンフという血液のような液体が流れ、内部を通る神経を生かしています。この神経は末端で受容器つまりセンサに繋がっています。つまり、昆虫の翅は羽ばたいて飛行のための空気力(くうきりょく)つまり揚力や抗力を生むだけではなく、大量のセンサを配置したアンテナのようなシステムでもあるのです。それぞれの昆虫の種(しゅ)がどのようなセンサをどれだけ持っているかはまだ未知の部分が多く、我々の研究グループでは一部のトンボについて翅の上にあるすべての機械的センサ配置を調査・マッピングしました。その結果、トンボでは特に翅の前縁に、翅1枚あたり数百もの大量の短い毛状のセンサが密集していることがわかりました。これらは気流を計測していると考えられています。さらに、翅脈上には翅の変形を測るひずみセンサも配置されており、これは特に翅の付け根付近に多く見られました。トンボの翅をμCTスキャナで撮影・3次元再構築し、さらにCADソフトで形状をクリーンナップしてモデルを作り、羽ばたきの構造力学シミュレーションを行ったところ、ひずみセンサの多く配置される部分に大きなひずみが観測されました (Fabian et al., 2022, iScience)。
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Q
生物流体力学研究室のこれからの研究
A
現在は、鳥の羽毛に関する空気力学と、植物に関する空気力学の2つの新しいテーマを始めたところです。
いずれも世界的に競合が少なく、チャレンジングである(困難がありえる)と同時に新しい成果が期待できるテーマです。
今後は鳥や昆虫の羽ばたき飛行・遊泳などもテーマとして加えていく予定です。